思い出 Photo Photo
2020-12-02T07:55:57+09:00
yamamo73
写真で綴る思い出日記
Excite Blog
母の決断
http://myphotobooth.exblog.jp/28327949/
2020-12-01T23:24:00+09:00
2020-12-02T07:55:57+09:00
2020-12-01T23:39:37+09:00
yamamo73
歴史
さて、高知県で生まれた母が、なぜ京都に住むことになったのか、に触れてみよう
と思う。それには、父についても触れなくてはならない。
高知県と京都という、当時としてはあまりにも遠く離れた地で生きてきた二人に、
どのような出会いがあったのか。それは、京都で成長した父が養蚕教師の資格を
得て、グンゼ株式会社の高知工場に派遣され、蚕の飼い方講習で高知県内を回って
いた事による。ちょうど母の生家でも蚕の季節だけは養蚕をおこなっていたので、
父が講師の講習会に母が参加したことで、二人は顔を合わせることになったらしい。
その後、二人がどのような付き合い方をしていたのか、本人の口から聞いたことが
ないので知るよしもないが、蚕の季節に父が高知県に出向いていたのは3年間だっ
たという話を耳にしたことがあるので、それが付き合いの期間ではないかと思う。
ところが、二人の交際を知ってか知らずか、父親(私の祖父)が母の結婚話を進め
はじめたらしい。母は、父親が勧めるその相手が厭でたまらなかったと、年老いて
から私に漏らしたことがあるが、きっと意中の人がいる状態では、その相手を受け
入れことができなかったのだろう。母は父親に、「せめて自分の好きな人と一緒に
させてほしい」と哀願したようだが、「どこの馬の骨とも分からん者に、わしの娘
をやることはできん」と一喝されたという。間もなく母は、小さなトランクに当座
の着物をしのばせて、人知れず父の待つ京都に旅立った。時あたかも軍靴の音高な
る昭和15年の春のことだったという。
その後、母は過酷な人生を歩むことになったが、いわゆる家出をしてきた身である
ゆえ、実家に帰ることもできず、我慢に我慢の日々を重ねた。それを私は自分の目
で見てきたので、またいつか触れたいと思う。
<今日の画像アップは、秋に咲いた花々>
]]>
母の生い立ち
http://myphotobooth.exblog.jp/28322084/
2020-11-26T20:17:00+09:00
2020-11-26T20:17:16+09:00
2020-11-26T20:17:16+09:00
yamamo73
歴史
母の生家は、高知県の四万十川の最上流にあって、ひと山手放せば、県の年間長者
番付の上位に入るほどの山林地主だった。それも、戦後10年余り後に、その家の主
であった母の父親(私の祖父)が他界したとき、10人きょうだい(男4人女6人)で
あるにもかかわらず、新民法の適用などもろともせずに、親の財産を4人の男兄弟だ
けで分けてしまったという。しかし、それも時の流れの中で散逸し、今は私の従兄妹
たちの代になり、京都からたま~に訪れると、母の生家は遠い昔の栄華の面影を、僅
かにしのばせているにすぎない。
そういう家に生まれた母は、10人きょうだいの9人目(5女)として、なに不自由な
く育った。幼いときは遊び場を村の小学校に求め、窓の外から教室を覗いて読み書き
を覚えて、他の同じ年の子どもより一年早く小学校に上がったという逸話があるぐら
い利発だったという。それだけに、成長するにしたがって、絶対的父権を振りかざす
父親に対しては他の姉妹のように従順ではなく、強い疑問と反抗心をつのらせていっ
た。特に父親の決めた結婚相手に、有無をいわせないやり方に憤慨していたらしく、
姉たちが厭々嫁いでいく姿を見ながら、「私は、ああなりたくはない」と思いつつ、
娘への階段を上っていったという(以上の大部分は叔母から聞いた話)。<続く>
貼付写真は、終盤の紅葉
]]>
最近しきりに思い出すこと
http://myphotobooth.exblog.jp/28305486/
2020-11-20T10:51:00+09:00
2020-11-26T16:13:36+09:00
2020-11-20T14:22:18+09:00
yamamo73
歴史
私は今、母が生きた歳を超えて生きている。もっとも母は、人生の終盤を透析患者として過ごしたので、
思いのほか短かった。最近、その母のことをしきりに思い出すようになった。私が幼いころ、友達にいじ
められて泣きながら帰ってきたら、「お前にも悪いところがあったのとちがう?」と言われ、当時いじめ
たと思われる子供の家に怒鳴り込んでいく親がいた中で、母は絶対それをしなかった。その時私は、母は
私がかわいくないのだろうかと疑ったものだ。でも、母に厳しく叱られた思い出はない。
また、きちんと思い出すことができるのは、母の私への躾だ。たとえば、遊びから帰ってきて靴を脱いで
揃えないで上に上がると、「もう一回、靴を脱いで上がってごらん」と、私が靴を揃えるまで、何回もや
り直しをさせられた。掃除も同じくで、掃除機などなかった当時は座敷箒での掃除だったが、部屋の隅に
置いてある座布団などを除けずに掃いていると、「掃き掃除というのは、動かせる物は全部除けてやるも
の」と指摘された。邪魔くさかったけれど、叱られたわけでもなく、納得できる指摘だったので、素直に
聞いた覚えがある。さらに忘れられないのは、寝坊をした私を起こすとき母に「早く起きなさい!」と言
われたことがない。いつも「いま起きたら○○○(鳥の名前)の鳴き声が聞けるよ」などと声をかけてく
れた。ということで、なにしろ叱られた覚えがないのだ。
特に寝る前に、そんな母のことを思い出すと眠れなくなってしまうほどの昨今。場合によって、「そろそ
ろこっちにおいで」と呼ばれているのかしらん…思うことも。でも、今のところ私は元気だ。
「貼付写真は、真如堂の紅葉」
]]>
京都・真如堂の紅葉
http://myphotobooth.exblog.jp/28300226/
2020-11-15T14:47:00+09:00
2020-11-26T20:32:47+09:00
2020-11-15T14:47:14+09:00
yamamo73
紅葉スポット
それは、19世紀のフランスの哲学者・ポール・ジャネの法則によると、主観的に記憶される年月
の長さは年少者にはより長く、年長者にはより短く評価されるという現象が心理学的に説明されて
いる。つまり、時間の心理的長さは、年齢に反比例するということらしい。もっと具体的にいえば
50歳の人間にとって1年の長さは人生の50分の1ほどで、5歳の人間にとっては5分の1に相当する
という。ならば、短い短いといくら叫んでも、歳が歳なんだから仕方がないので、その短く感じる
時間を、どう有効に、どう充実させるかと考えるようにしなければと、改めて思ったし次第。
そんな昨日、いくらコロナ渦であっても、紅葉真っ盛りの今、全く外に出ないなんてもったない
と、カメラ持参で出かけてきた。行き先は自宅から徒歩10分余の真如堂。土曜日とあって、家族
連れなどで結構賑わっていた。さすが「モミジの真如堂」だ。
]]>
ブログの遅々たる再開
http://myphotobooth.exblog.jp/28298531/
2020-11-13T22:45:00+09:00
2020-11-13T23:27:42+09:00
2020-11-13T22:45:37+09:00
yamamo73
写真
ところで、ブログを休む契機となった脳手術だが、「急性硬膜下血腫」という病名だった。原因は頭部に対する外力によるもので、交通事故、高所からの転倒転落、スポーツによる頭部外傷、人に殴られるなど多岐にわたるという。が、私は何かに軽く頭をぶつけたことはあるが、上記の原因のようなことは一度もなかった。ただ、20数年前から異形狭心症という心臓病のため、血液を固まりにくくするアスピリンとワーファリンを服用していた。たぶんこれが原因で、どこかに頭をぶつけたときに血管が破れたのかもしれない。
自分の身体の変調に気づいたのは、2017年12月のある日、iPhoneのLINEで友達に連絡をしようとしたとき、「あかさた なはまやら…」と並んだ平仮名の「え」がどうしても見つからない。変だな~と思いつつ、今度はパソコンで文字を打とうとしたが、ローマ字打ちなのに「あ」が「A」、「か」が「KA」であることがどうしても分からない。「あれ~?どうしたんだろう」と思いつつ、その日は疲れを感じて早目に寝た。そして翌日、私の心臓病の主治医に相談に行ったら、話の途中で受話器を持ってどこかに電話をされ、「今からすぐにこの病院へ行ってMRI検査を受けてください」とのこと。指示されたまま指定された病院に行きMRI検査をしてもらったら、「今日はお家には帰れません。今からT病院に入院してしていただきます」と言う。そして、その病院の看護婦さんに連れられてT病院へ行き、即日入院、手術となり、一週間の入院生活を送ることになった。あとでMRI写真を見せてもらうと、左脳には血液がびっしり充満しているのが分かった。それを左耳の上あたりを開いて吸い出したようだ。その手術痕が、今でも指先がこそっと入るぐらいの穴状になって残っている。
その後、3か月ぐらいは何となく体調が思わしくない日々があったが、温かくなるにつれて普段通りに元気に撮影にも出かけるようになり、今に至っている。これだけ長くブログを休んだことに特別の理由はないが、かなり早くからFaceBookをやっていたこともあり、いわばそちらに傾注していただけのこと。でも、慌ただしいFaceBookより、こちらでゆっくり物を考えながら、文章を書きしたためるのもいいかも…という気になり始めた。また写真も、いちいちクリックしなくても、スクロールするだけで見ることができるのも好い。そんな思いがブログに向かわせた。
さて、世はコロナ禍にあって、思うようにカメラを持参で歩き回れない。が、我が家の近辺もようやく紅葉5分とあって、自宅近くの寺院(南禅寺)の紅葉を貼付しておこう。
]]>
お知らせ
http://myphotobooth.exblog.jp/26588890/
2018-03-21T13:48:00+09:00
2018-03-21T13:48:41+09:00
2018-03-21T13:48:41+09:00
yamamo73
未分類
4月半ばには復帰できると思いますが、放置状態のブログにお越し
いただいた方々にお詫びいたします。
]]>
植物園のイルミネーション(2016年度)
http://myphotobooth.exblog.jp/26255544/
2017-12-22T00:31:00+09:00
2017-12-22T00:31:09+09:00
2017-12-22T00:31:09+09:00
yamamo73
未分類
写真の友たちから「今日、写真をとりに植物園にいかない」と誘われて、それでもあまり期待をせずに
いったのだが、それでもなかなか良かった。
]]>
京都・嵐山花灯路
http://myphotobooth.exblog.jp/26233299/
2017-12-14T20:05:00+09:00
2017-12-14T20:07:29+09:00
2017-12-14T20:05:16+09:00
yamamo73
地域イベント
それが祇園から西の端の嵐山まで伸びたのは、2005年の12月だった。それを写すために出向いたのは、普
段、祇園花灯路が先で、そのあと数年後に嵐山花灯路だったように思う。アップした写真が2012年だから、
結構あちこち行ったはず。
その中で特に忘れらないのは、何年か前に大阪のU・Eさんと嵐山花灯路のいったとき。家を出るのが少し
遅かったが、実は、嵐山花灯路の消灯時間をまったく調べずに、とにかく車を停めて呑気に歩いていた。
かれこれ1時間半ぐらい歩いただろうか。するとなんの通知もなく、一瞬にして電気が消えたのだ。
「ええ~~っ??」。祇園花灯路は、嵐山花灯路と違って、街中を歩くのとは意味が違う。大部分が竹藪
の中や塀に囲まれた中だ。そういえば、今日は平日なのに、ほとんど人の姿がない。きっとそのことをよ
く知った人たちは、早めに引き上げたに違いない。
私と彼女はとても慌てた。そして、100mか150m置きにあるしょぼい街灯を頼りに1時間近く歩き回り、
なんとか車のもとにたどり着き、ようやく帰ってくることが出来た。いま当時のことを思い出しても、
「あの時、同じ道をぐるぐる回って車を探していたのは、場合によって狐につままれていたのかも…」と
………無きにしもあらず(*^^)v
冬の5大テーマ祭り「海外ドラマ」をもっと見る
冬の5大テーマ祭り「海外ドラマ」をもっと見る
]]>
ロームのイルミネーション
http://myphotobooth.exblog.jp/26215549/
2017-12-08T23:01:00+09:00
2020-11-15T11:08:32+09:00
2017-12-08T23:01:19+09:00
yamamo73
地域イベント
今年は11月24日(金)から12月25日(月)までの約1 ヵ月、昨年よりパワーアップした
約86万球の電球により、京都の町を暖かくしようというもの。まだ出かけてはいない
けれど、来週ぐらいには出かけて見ようと思う。(撮影は:2,014年12月8日)
]]>
東寺のライトアップ
http://myphotobooth.exblog.jp/26202481/
2017-12-04T14:35:00+09:00
2017-12-04T14:35:33+09:00
2017-12-04T14:35:33+09:00
yamamo73
季節
今年は輪番制の町内会長となって、これまでのように呑気にカメラを持って撮影に出かける機会が減った。こ
れほどまで忙しいとは思っていなかったので、あっち向いてこっちを向くと、もう数日が経過している。よっ
て、撮れたて写真の掲載など、もってのほかだ。と言いつつ、夜なら大丈夫だと「思いついたが吉日」で撮っ
てきた東寺のライトアップ写真。夕食後に出かけて、結構一人で楽しんできた。(撮影は11月28日)
]]>
京都御所の参観と紅葉の京都御苑(国民公園)
http://myphotobooth.exblog.jp/26174640/
2017-11-25T15:48:00+09:00
2017-11-25T16:36:28+09:00
2017-11-25T15:48:06+09:00
yamamo73
歴史
それにしても私はこれまで、神仏に関係のない人生を送ってきた。好き嫌いの問題ではなく、長い間、
働きながら子育てをし、少し落ち着いたころに実弟が経営する会社の倒産の後始末に手を貸し、同時に
働きながら両親の世話をし…等々、とにかく何ものにも頼らず、必死に走り続けてきたことに起因して
いるのかもしれない。ようやく「自分」に目が向くようになったのは、14~15年ぐらい前からで、初
めて趣味といえる写真撮影に行き着いた。気が付いたら、前期高齢者というくくりの中にいた。
そして後期高齢者になったとたん、輪番制の町内会長を引き受けざるを得なくなり、付随してきたのが
前出神社の、我が町内における氏子代表だ。これがまた忙しいけれど、いままで知らなかった神社の祭
事の様子が少しづつ分るようになってきた。そして、今回の新嘗祭。私の浅はかな理解では、天皇が育
てた新穀を神に与え、自らも食する祭事…でしかなかったが、当神社においても同様の祭事が行われ、
参列者も新穀から得た白酒(しろき)をいただくことができたことで、何だか古い歴史に一歩近づけた
感じがした。
ただ私は、神仏にも天皇にも畏敬の念をいただく人間ではないが、歴史的遺物には関心がある。しかし、
関心を持ち始めたのは写真撮影を始めてからのこと。21年前まで、昔の天皇の住まいであった京都御所
のすぐ近くに住んでいたのに、一度だって塀より中に足を踏み入れたこともなかった。写真をやり始め
てからは、特別公開時に入ったことはあるが、それも2~3回に過ぎない。そこで、今日の写真アップは
つい一週間ほど前、通年公開となった京都御所をカメラ片手に参観してきたもようを(*^^)v。
↑参観した建物の一部。建礼門、緒大夫の間、紫宸殿、清涼殿
↑御池庭(回遊式庭園)
↑↓ここからは塀(築地塀)の外。とにかく広く、環境省の管理する国民公園となっている。
なお、京都御所とは「築地塀内の旧皇居」のこと。京都御苑は「旧皇居以外の公園」のこと。
]]>
2017年秋…紅葉
http://myphotobooth.exblog.jp/26167490/
2017-11-23T00:33:00+09:00
2017-11-24T17:05:49+09:00
2017-11-23T00:34:00+09:00
yamamo73
季節
国、白内障(両眼)の手術などなど多忙を極める中で、自分の気持ちが下方を向いてしまう事柄が生じて、いわ
ば鬱状態の日々が続いた。今もまだすっきりしたわけではないけれど、一抹の展望が見え隠れし始めて、かすか
に見えていることを進めていく気になり始めている。
そういう日々の中で、趣味の撮影にも満足な時間がとれていないけれども、わずかな時間の合間に紅葉撮影をし
てきた。例年なら毎日のように半日とか一日中とか、カメラを手に出かけたのに、今年はそれどころではない。
自宅から比較的近い寺社などに、ぱっと行って30~40分程度の撮影で帰ってくるという有様。本来、このブロ
グは思い出の写真を中心にしているが、その写真を探す時間も不足しているので、今日のブログは、手近かに
ある写真でお茶を濁す気持ちを感じながらのアップとしよう。(写真は、臨済宗南禅寺派の寺院、圓光寺)
]]>
花の思い出
http://myphotobooth.exblog.jp/24127699/
2017-04-27T21:58:00+09:00
2017-04-27T21:58:28+09:00
2017-04-27T21:58:28+09:00
yamamo73
花
一つは、マツバウンランだ。今から13年ほど前のこと。放置状態になっていたプランターで、一本の細長くか弱そうな茎のてっぺんに、薄紫の花がついているのに気付いた。植えた覚えもなく雑草かと思ったが、その姿があまりにも可愛く放置したまま、忘れてしまっていた。ところが翌年4月、愛犬散歩で近くのお寺に行ったとき、本堂前に造られた直径1mぐらいの円形花壇が、ほわ~と薄紫になっているのを目にした。近づいてみると、前年我が家のプランターで一本だけ咲いていた花の集合体だ。わ~!と声をあげたほどの美しさだったが、生憎カメラを持っていなかったので、翌日コンデジ持参で愛犬散歩に出かけた。
ところが、その場に行ってみると、ない!すっかり刈り取られているではないか。びっくりと同時に、無性に腹がたってきた。確かにわざわざ植え育てた花ではないだろう。でも、この花の姿は、誰の目にもきれいに見えるはず。しかし、それは私の感覚で、雑草にしか見えなかった人がいたということだ。ただ、我が家で咲いたのは一回きりで、プランターに他の花を植えたことにより、姿を消した。
その後、あちこちでこの花を見つけたら必ず写真に収め、花の名前などを知りたいとネットで何度も検索して、ようやくたどり着いたのが「マツバウンラン」。アメリカからの帰化植物で、最初の発見が1941年に京都の伏見だったというから、余計親しみを覚えることとなった。そして、ネットの「マツバウンラン愛好会」なるグループに登録して、この花を愛する人たちと交流したものだ。しかし、この花は繁殖力が旺盛なため、被害危惧種に指定されているらしい。でも、私にとっては愛しい花であることは間違いない。
マツバウンラン
2つ目の花は「アマナ」だ。この花が一番最初、写真として残っているのは2014年の4月24日。今から3年前だ。少し目を離していた裏庭の小さな吊り鉢から、見たこともない白い花が咲いているのに気付いた。写真に撮ってネットで調べたら「アマナ」というらしい。球根で植えた覚えもないので、きっと買った土に混じっていたのだろう。これまたきれいなので、その吊り鉢は別の花を植えずにいたら、以後毎年咲いてくれるようになった。
アマナ
なお、それを同じようなものに「マユハケオモト」がある。2015年10月半ば頃、これまた放置状態の小さな吊り鉢で、白くて丸いものがあるのに目にとめた。何だろうとよくみると、肉厚で幅広の葉っぱの上に転がったような状態だ。しばらく様子を見ることにしていたら、10月末から黄色い蕊が見え始めのに、そして数日後に咲いた。あらら!こんな花、植えた覚えもない。これもきっとアママ同様に、買った園芸用の土の中に球根が紛れ込んでいたのだろう。そして、放置していたのに、昨年もしっかり咲いてくれた。なお、マユハケオモトの原産地は、熱帯アフリカ~南アフリカらしい。何とも手間いらずの貴重な花である。
マユハケオモト
]]>
祇園界隈、思い出の桜
http://myphotobooth.exblog.jp/24080851/
2017-04-11T15:14:00+09:00
2017-04-11T15:14:34+09:00
2017-04-11T15:14:34+09:00
yamamo73
花
桜撮影に行けていない。ただ、短時間に近所を周るだけ。残念だが、何と
今年は桜の開花が遅かっただけでなく、雨天の日が多くて花見日和には
恵まれていない。
京都は桜の名所と言われる寺社仏閣が多いが、本当は行きたいと思ってい
た祇園界隈の2014年4月1日の写真をアップしておこう。一カ所は祇園
白川沿いの桜、そして円山公園の祇園枝垂れ桜。
<画像はワンクリックで拡大できます>
夜の祇園枝垂れ桜
祇園枝垂れ桜と篝火
昼間の祇園枝垂れ桜
祇園白川のライトアップ。2017年のライトアップは観光客の増加により、安全対策上から中止となった。
祇園白川の桜。白川の向こうには料亭等が並ぶ
祇園白川の桜
祇園白川の桜
]]>
桜・さくら・サクラ
http://myphotobooth.exblog.jp/24060891/
2017-04-08T01:46:00+09:00
2017-04-11T15:27:20+09:00
2017-04-08T01:46:28+09:00
yamamo73
花
ブログの更新もままならない毎日を過ごしている。本当は、この時期こ
そ桜の撮影に行きたいのに…。ある人の話によると、勤めを持ちながら
町内会長をしたときは、有給休暇を全部町内の用事で消化したとのこと。
そういう話を聞くと、私の場合は、外で働ける年齢はとっくに過ぎてい
るから、一生に一度ぐらい、人様のお世話をする立場にたってもいいの
ではないかと、少しずつ諦めの気持ちとともに、役目に納得しはじめて
いるところだ。
よって、今年の桜の開花は随分遅れていることもあって、納得いく撮影
ができていない。せめて昨年の桜を貼付して急場凌ぎにしようと思う。
<画像クリックで、拡大してご覧ください>
金戒光明寺山門
将軍塚青龍殿展望台
平安神宮神苑
平安神宮泰平閣
宝ヶ池
京都御所
京都御所
]]>
https://www.excite.co.jp/
https://www.exblog.jp/
https://ssl2.excite.co.jp/